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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)4139号 判決

主文

一  被告から原告に対する大阪地方裁判所昭和六三年(ワ)第六三五一号建物収去土地明渡請求事件の和解調書の執行力ある正本に基づく別紙物件目録一及び二記載の各不動産に対する強制執行は、これを許さない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  本件について当裁判所が平成元年五月二六日にした強制執行停止決定は、これを認可する。

四  この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項と同旨。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告と被告との間には、被告が原告に対して提起した大阪地方裁判所昭和六三年(ワ)第六三五一号建物収去土地明渡請求事件(以下「別件訴訟」という。)について平成元年二月二三日に成立した和解(以下「本件和解」という。)の和解調書(以下「本件調書」という。)が存在する。

2  本件調書には、次の趣旨の記載がある。

(一) 原告は、被告に対し、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を権原なく占有していることを認め、これら(以下「本件不動産」という。)を平成元年三月末日限り明け渡す。

(二) 被告は、原告に対し、本件不動産の明渡を右同日まで猶予する。

(三) 被告は、その余の請求を放棄する。

(四) 訴訟費用は、各自の負担とする。

二  争点

原告は、本件和解は原告が関与しないでなされたもので無効である旨主張する。

本件の争点は、原告本人が別件訴訟の期日に出頭し、本件和解をしたかどうかである。

第三  証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第四  争点に対する判断

一1  〈証拠〉によれば、本件調書は、平成元年二月二三日に開かれた別件訴訟の第七回口頭弁論期日に被告訴訟代理人及び原告が出頭し、前記の内容の本件和解が成立した旨を記載していることが認められる。

2  しかしながら、〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(1) 本件土地は、東西に細長い形状の土地で、南側で幅員約九メートルの公道に接している。そして、嶋崎住建の名称で建築業を営む原告は、本件土地の北側に隣接する別紙物件目録三及び四記載の各土地を所有している。

(二) 原告は、昭和五六年頃から本件土地を使用していたが、本件土地のもと所有者である三共建設有限会社から本件土地を賃借し、本件建物を所有していた辻本幹夫(以下「辻本」という。)との間で、昭和六〇年一一月一日付けで賃料一か月一〇万円(五年分前払)、保証金五〇万円、期間平成二年一〇月三一日までの五年間の約定で本件不動産を賃借したとして、現在に至るまで本件不動産を建築資材置場、作業場及び駐車場として使用している。

(三) その後、本件土地は競売に付され、昭和六三年四月一九日に競落により被告が所有権を取得した。被告は、昭和六三年七月一三日大阪地方裁判所に本件不動産を占有する原告に対し、本件建物から退去して本件土地を明け渡すことを求める別件訴訟を提起した。

(四) 昭和六三年八月三〇日に開かれた別件訴訟の第一回口頭弁論期日には、本件建物の収去等を請求された相被告の辻本との連名で、被告の請求を棄却する旨の裁判を求めるとの原告名義の答弁書が提出されたが、辻本及び原告は欠席し、右答弁書は、陳述を擬制された。辻本は、第二回口頭弁論期日以降は横清貴弁護士に訴訟の遂行を委任したが、原告は、呼出を受けながら、第六回口頭弁論期日までいずれも期日に欠席した。そして、第七回口頭弁論期日に初めて原告と名乗る者が出頭し、被告訴訟代理人との間で前記のとおり、本件和解が成立した。

(五) なお、辻本と原告との間では、その後平成元年三月九日に開かれた第八回口頭弁論期日において、辻本が本件土地について何ら占有権原を有しないことを認め、同日限り同土地を明け渡すこと並びに同日付けで本件建物を代金三〇万円で被告に売り渡し、その旨の所有権移転登記手続を行うこと等を内容とする和解が成立した。

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定事実を前提とすれば、仮に原告が別件訴訟の第七回口頭弁論期日に出頭し、本件和解をしたのであれば、原告は、別件訴訟では答弁書を提出したもののその後は全く主張、立証活動をすることなく期日を重ね、初めて出頭した右口頭弁論期日において、何らの代償も求めず、被告の請求を実質的に認めた結果となる本件和解をしたことになるが、これは、現に本件不動産を事業のために使用し、同不動産について強い利害と関心を有すべき原告の行動としては、いささか不自然であるといわなければならない。加えて、〈証拠〉によれば、原告は別件訴訟の遂行及び処理をすべて藤村某に依頼し、裁判所から通知された期日も第七回口頭弁論期日を含め右藤村に連絡し、また、本件調書が送達された際にも、右のとおり右藤村に任したことに安心してそのまま放置していたことが認められるところであって、これらの点に、本件全証拠によっても、本件調書以外に前記口頭弁論期日に出頭した者が原告であることを的確に認めるに足りる証拠がないことを考え合わせると、本件調書の記載はあるものの、原告自身が別件訴訟の前記口頭弁論期日に出頭のうえ、被告との間で本件和解を成立させたと認めることは困難である。そして、他に原告と被告との間で本件和解が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

4  なお、民事訴訟法一四七条は、口頭弁論の方式に関する規定の遵守については、調書に法定証拠力を認めている。しかしながら、これによって証拠力が認められる右口頭弁論の方式とは、弁論の時及び場所、弁論の公開並びに当事者及び訴訟代理人の出欠等の外形的なものをいい、当該期日に当事者本人として出頭した者が果たして当事者自身であったかどうかという事項を含むものではない。けだし、右条項が、口頭弁論の方式に関し、調書に法定証拠力を認めたのは、裁判官及び裁判所書記官が直接認識しうる外形的事項につき、確実に認識したところを調書に記載するからであり、当事者が出頭した旨記載された調書は、まさに、当事者と称して出頭した者が存在したとの外形的事項に関する確実な認識を記載したものとして法定証拠力が認められるのであるが、反面、当事者と称して出頭した者が真に当事者本人であるかどうかの点、すなわち、その同一性は、事柄の性質上、直接かつ確実に認識しうる外形的事項ということができないから、右口頭弁論の方式に当たらず、したがって、右同一性については調書に法定証拠力が認められず、反対の証明が許されると解するのが相当だからである。

したがって、本件調書の存在も右認定を左右するものではない。

二  したがって、原告は、別件訴訟において本件和解をしたとは認められないから、本件請求は理由がある。

(裁判長裁判官 田畑 豊 裁判官 田中 敦 裁判官 黒野功久)

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